2006年10月14日

折原一 行方不明者 (10/2006) ☆☆☆1/2

行方不明者行方不明者
折原 一

文藝春秋 2006-08


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推理小説には二つの書き方がある。
ひとつは、最初から細かいプロット・構成を決めていってそれを完成させるために書き出すもの。
もうひとつは、詳細な結末を考えずに走り出すもの。書きながら感性にしたがって考えていくものだ。

折原一と、女性推理作家の新津きよみは夫婦だ。 
そして彼は前者のタイプ、新津きよみは後者のタイプだ、と、共同執筆の本「二重生活」で書いていた。
この作品も、全体の構成を緻密に作り上げてから書き始めたものだろうと思う。

埼玉県蓮田市で、奇妙な失踪事件がおこった。
食事の準備をしたまま、家族が失踪したというのだ。 その数ヶ月前には、近所で一家惨殺事件がおきている。  いったい、どうなっているのだろうか?
女性ライターのみどりは、真相を追究しはじめる。

同時進行で「僕」の話が続く。 売れない作家の「僕」は、電車のなかで無実の罪で女性に罵倒された。 その誤解を解くため、僕は彼女の尾行をはじめた。 すると、どうだろう。彼女は通り魔殺人犯だった。 そして、彼女の尾行をしていた僕は、その犯人と間違われるようになってしまったのだ…


同時にいろいろなことが叙述されているが、何がどうなっているのかは混乱する。というか、それぞれがいつのタイミングで起こったのかがわかりにくい。

推理小説の常として、読者をだますことが必要だから、ある程度は仕方ないことだと思う。
だが、それぞれのストーリーがかなり独立してすすむため、なかなか収斂しないところにちょっとやきもきする。

同じスタイルをとっていても、たとえば伊坂幸太郎の「アヒルと鴨のコインロッカー」http://hidebook.seesaa.net/article/25009163.html  
ではもっとストーリーがクリアだ。

そして結末になり、やっと全貌があきらかになる。

この説明をどう考えるか、は読者のスタンスによるのかもしれない。
折原ファンはさすが、と思うだろうし、そうでない人は、あれ、と感じるかもしれない。

わたしはちょっと消化不良の部分が残ってしまった。

そうはいっても、十分におもしろく楽しめるミステリーだったことは確かだ。

お勧め度:☆☆☆1/2 ごはん食べてから出かければいいのに…



ラベル:折原一
posted by 濫読ひで at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 作家あ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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