2006年05月20日

本格ミステリ論と「容疑者Xの献身」

直木賞をめでたく受賞した東野圭吾の「容疑者Xの献身」に対して、一部から批判がある。
この作品は、「本格ミステリ」ではない、というのだ。その嚆矢は、ミステリ作家の二階堂黎人氏だ。

その議論については、ミステリ界の作家、評論家、愛好家などを巻き込んで結構大きな論争になっていた。

未読の人にはネタバレになってしまうので、以下は既読の人を前提にする。
未読の人は飛ばしてほしい。





一番の議論は「本格」というのは何か、というものだ。
すべての謎がフェアに提供されていて、読者はそれを分析することによってちゃんとした答えを出せるのが本格、というのが一応の定義ではないだろうか。

たとえば小森健太郎氏は以下のようなことを言っている。
http://www.so-net.ne.jp/e-novels/hyoron/syohyo/sp03.html
江戸川乱歩によるミステリの定義には「主として犯罪に関する難解な謎が徐々に論理的に解かれる過程の面白さを主眼とする文学」とある。この定義を満たすものが本格ミステリであるとするなら、この東野作品がそれに該当するかどうかは微妙なところである。この定義のうち、この作品は「難解な謎」にあたるものがないため、本格ミステリにはあたらないと私は思う。ただし、謎を難解と受け止めるかどうかは主観によって分かれるところが大きいから、(中略)この作品は一応本格にあたるとみなして不当ではないだろう。しかしすぐれた本格ミステリとは到底言えないこの作品を昨年のベスト1に推した評者の本格ミステリ鑑識眼には疑義を呈さざるをえない。
(引用終了)


ほかにもいろいろある。

個人的には、「だからどうなの?」という風に私は思う。
「本なんか面白ければいい」
「ミステリーは解けなくたって、なあんだ、やられた!って読者が思えばそれでいい」
というのが私の考えだからだ。

本格だからどうの、という論争は学者ならともかく、推理小説なんかでやることではないのではないだろうか。
こういう狭量な議論をするミステリ界の体質があるので、以前の横山秀夫の「半落ち」の評価の際に林真理子ごときに批判されてしまうのではないだろうか。

べつに面白ければ、読者が納得すればそれでいい!私はそういう立場だ。
東野氏にはこれからもどんどん書いて欲しい。

本格であろうとなかろうと、面白いものを。

誰かが書いていた。
神様ゲーム」が本格なら「容疑者X」はもっと本格だと。
そのとおりだと思う。

「神様ゲーム」のあまりの結末に私は驚いた。あれこそ、本格推理小説ではない、と言えるのではないだろうか。


議論の紹介サイトはこちら。
http://mystery.parfait.ne.jp/20051205193906.html

posted by 濫読ひで at 23:52| Comment(4) | TrackBack(0) | ランダムウォーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ほんと、おっしゃるとおりですね。

小説の分類って、私はよくわからなくて、世間がミステリーと呼ぶならミステリーなんだろうと思っていますが、それだけのことです。そもそも、ジャンルで本を選ぶという考えが私の中では希薄ですし。

しかし直木賞とか芥川賞とか受賞してしまうと、ほめられると同時に、こういう批判もたくさん受けるんでしょうね。

向田邦子がエッセイに書いてますが、あのかたも直木賞を受賞したとき、知らない人から電話がかかってきて「受賞を辞退しろ!」と言われたんですって。

世間には不思議な人がいるもんですね。

Posted by ぱんどら at 2006年05月21日 10:08
受賞への批判、賞金への批判などいろいろあるでしょうね。

でも「本格」議論は不毛だと思っている私です。
Posted by 濫読ひで at 2006年05月21日 23:01
「めろんぱんレター」読みましたよ。東野圭吾ネタでしたね。

がんばってくださいねー。
Posted by ぱんどら at 2006年05月23日 15:48
ぱんどらさん、ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。
Posted by 濫読ひで at 2006年05月24日 00:40
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